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2011年 09月 30日
ドイツで最初に訪れたフレンスブルクという街は、ドイツの北の端、デンマークとの国境付近にある港町です。
(ドイツの一部がユトレヒト半島に食い込んでいるなんて、今回初めて知りました) 地図の埋め込みができなかったので、こちら↓にリンクを張っておきます。 http://g.co/maps/57rvh 地図を下の方にスクロールすると、フレンスブルクがどれだけドイツの北の端にあるかも一目瞭然♪ ![]() photo by 娘 ![]() (画像奥が北=デンマークの方向) レンタカーで街の中心部へ向かいます。 ![]() ![]() かわいいペイント! ・・なんだろう?^^; ![]() ガソリンは日本と同じリッター表示 (3桁なので円/Lと勘違いしそうですがユーロ/Lです、念のため) 意外と安くはなかったです ・・というより日本より高い! 1ユーロ112円としてレギュラー(にあたるのか?上から2番目)が約172円ですよ!? 自動車王国なのに大変ですねぇ 信号の変わり方が日本とは違いました。 途中、ホームセンターを発見。 朝8時台だったのにもかかわらずお店が開いていたので、矢も盾もたまらず寄ってみました。 ![]() 店内の様子 デッキブラシ赤というだけでこのかわいさ しかも半額ですよ ツーリストじゃなかったら即買いだったな~ 球根もいっぱいパッと見、大してお値段日本と変わらないじゃん・・ と思ってスルーしたのでしたが、 後から写真をよく見ていると、量が半端なく多かったことが判明 (例えば水仙は36個入って1袋3.99ユーロ、チューリップは100個で7.99ユーロ、などなど・・) 街の中心部と思しきエリアにやって来ました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 直訳すると「デンマーク語を学ぶ」 そう、ここフレンスブルクからデンマークへは、歩いても行かれるほどの距離。 今回の旅を計画するにあたり、ここからデンマークへ一旦入り、9年前に訪れた島を再訪するという案も検討したのですが、時間の制約もあって残念ながら諦めました。 でも、そんな気になるくらい近い場所なので、デンマークとの交流も盛んなのかもしれません。 車を道の空いている場所に適当に停め*、あたりを歩いてみました。 (*その「適当に」が実は不適当だったらしく、後で戻ったらしっかり取り締まりの紙が挟まっていました☆) ![]() ![]() 'Marien Kirche' いかにも~な感じの建物♪劇場のようでした 1740とあるのは建築年? すてきなデザインの窓(orガラス戸)がありました夫が事前にネットで調べて評判のよかったカフェに入り、朝食をいただきました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() (平日の朝食バイキング) 種類も豊富だしおいしいし、もちろん量も十分でした これで5ユーロは超お値打ち! ドイツの食といえばソーセージにじゃがいも、ザワークラウト、黒パン、そしてビール! ・・というような先入観があったのですが、どちらかというとそれは南ドイツの方がメインらしく、今回行った北の方では、思っていたよりソーセージをいただく機会はありませんでした。 フレンスブルクにあった'EURO SHOP'こちらは赤×白のデンマークカラー(と私が勝手に感じてしまう^^;) 日本の100均みたいな感じかな? 前を通りがかったら娘ともども吸い寄せられてしまいました 価格はまちまちでしたが、お手頃な生活雑貨がいろいろあって楽しかったです さらっとながら街の風情を味わったところで、今回の旅のハイライトとも言える次の目的地へと出発しました。 ひとまず、宿泊先のあるHusumという街へ向かいます。 フーズムへは、フレンスブルクから連邦道路(でいいのかな?ドイツ語だとBundesstraße。アウトバーンではないけれど大きな自動車道路)200号で南西の方向にほぼ一直線、約40kmのドライブです。 (つづく) --- 独・蘭旅行記、これまでの記事はコチラ↓ その1~出国で脂汗・8/15/2011 その2~初ロシア(の上空&玄関オンリー)・8/15/2011 その3~ハーグ観光・8/16/2011 その4~スケベニンゲン!・8/16/2011 その5~寝台車で北ドイツへ・8/16&17/2011
2011年 09月 28日
オランダ・アムステルダム駅から夕方発の夜行列車(CNL: City Night Line)に乗って、いよいよ北ドイツへと向かいます。
ホームを見つけるのに一苦労。 なぜって、番号の表示が変わるのです! 写真を撮らなかったので(慌てていてそんな余裕もなかった)説明がしにくいのですが、私たちの乗る列車がくるホームが14bとなっているのに(記憶が正しければ)、14aはあってもbがない! どうにも困って近くの人に尋ねると、ここでいい、という。 不安だったけれど信じるよりほかないのでそこで待っていると、前の電車が行った後に表示画面がスルル~と変わ なぁんだ、そういう仕組みになっていたのか! 知らなかったのでホント焦りました。 せめて、次の列車くらいまで表示されていればよかったのですが。。 やがて、定刻どおり我々の乗る列車がホームに入ってきました。 ![]() ![]() 長距離列車なので、なんかもっと流線型の、最新鋭なのを勝手に想像していたので、ギャップに一瞬たじろぎました。 ここでまたひと関門。 チケットが全てドイツ語表記で、自分たちの座席が何号車の何番なのかわからない! これはもう聞くが早いと、駅員サンらしきおじさんを捕まえてたずねました。 すると、ホームの向こう端の方を指差して「あっちだ」というではないですか。 ひーーー! 荷物を引いて3人、走る、走る! さすがにデンマークまで行くとあって長いんですよ。一体何両編成だったのやら。 途中もう一度別の人に確認して、どうにかこうにか無事乗り込むことができました。 ふーーー。 ![]() (ピンボケ画像ご容赦を☆) ![]() ![]() 座席は、2等の4人用コンパートメントのうちの3つ。 ベッドもシーツ類も6人分ありましたが、夫曰くその部屋を3人で占有するという切符の買い方をしたというので、それならばと気兼ねなくくつろいだ姿勢をとり、窓の外の景色などを眺めながらしばしのんびりと過ごしました。 ![]() ![]() ![]() 部屋の仕様に関して何の先入観もなかった(ホテルや交通機関の予約関係は全て夫にお任せだったので)私は特に何とも思わなかったのですが、夫はWEBサイトで見た印象とかなり違ったようでやや失望気味。 加えて、あるはずと思っていた食堂車が見つからず、車掌室を訪ねてどこにあるのか聞いてみると、あろうことか「ない」という。 「でも、私が売ることはできますよ」と、おもむろに狭い車掌室内の冷蔵庫のような扉を開け、中に入っている出来合いのサンドイッチやら飲み物やらを示すので、夫は仕方なくそれらを買ってすごすごと客室に戻ってきました。 (ちなみに日本のような車内販売はありませんでした) ![]() 一応アムス駅で多少の食料は買い込んでいたし(甘いもの系でしたが)、サンドイッチだって駅弁を食べるような感覚でいいじゃない、と私には思えたのですが、食堂車でソーセージとビールと決めていた夫にはダブルパンチだったようです。 ![]() お味の方は・・ご想像にお任せします☆ おまけに、よその部屋には座席と座席の間についている横長のテーブルが、どこを探しても見当たりません。 本来は各コンパートメントごとに座席の下に天板が入っていて、窓下の壁に取り付けられるらしかったのですが、あいにく私たちの部屋にはありませんでした。 その上、もうひとつ予想外のことが起こりました。 検札にやって来た車窓さんが私たちに、「コローニュからもう一人乗ってくる」と告げたのです。 えっ??この部屋、私たちだけじゃなかったの? 焦る夫と私。 おまけに、「コローニュ」がいったいどこで、何時に乗ってくるのかもわからない。 さぁそれからが(も?^^;)大変です。 すっかり自分たち専用にソファーのように組んでいたベッドを、きちんとそれなりに組み替えなければなりません。 まずはそのためあーでもない、こーでもないと四苦八苦。 驚いたことに、操作方法(というのか?)がどこにも示されていないのです。 ひたすら想像力を働かせて、どうにかこうにか後から来る人用のスペースを整えました。 それから、地図を広げてコローニュという地名がないか探しました。 ぱっと浮かぶのはCologneだけれど、そんなフランス語みたいな地名、いったいどこにあるというのだろう? オランダだかドイツだかもわかりません。 でも、あるときピンと来ました。 もしかして、ドイツのケルンのことじゃない?! コローニュ・・コロン・・ケルン! 結果から言うと、その通りでした。 コローニュというのは、ケルン(Köln)の英語名だったのです。 地図でケルンの位置を確認すると、やけに南の方にあります。 (南といっても、ドイツの国全体からすればちょうど真中らへんの西の方) 実は我々、この時点では自分たちの乗っている列車がどういうルートで目的地に向かうのか、まったくわかっていませんでした。 目的地はドイツの北の果て、デンマークとの国境にほど近いフレンスブルク(Flensburg)という港町だったので、アムステルダムからまさかそんな南よりのルートを辿るなんて思いもしなかったのです。 が、考えてみたら、夕方に出て翌朝早くに到着するということは、半日以上かかることになります。 そんな長時間、鈍行でもない列車で行くんですから、それなりの距離があって然るべき*・・だったんですね。 *ちなみに、私たちの乗ったCNL40447という列車は、夏の一定期間通常より長いルートを辿ることになっており、アムステルダムを1時間20分早く出発し、終点のコペンハーゲンには52分遅く到着する風になっていました。 ただ、途中停車駅の記述がパンフレットなどにはなく、社内放送で流れるだけだったので、私たちにとっては非常にわかりにくかったです どうやって確認したのか今となってはもう思い出せないのですが、幸いケルンには日付の変わる前に着くことが判明。 深夜に部屋の鍵もかけず寝なければならないのかと心配になっていたので、その必要はないとわかって安心しました。 それでも、一体どんな人が乗ってくるんだろうという不安は残ります。 こういっては失礼ながら、いびきや体臭のすごい人とかだったらどうしよう? そもそも、さすが2等だけあって、周りの乗客たちはバックパックの若者たちがほとんど。 近くには声高に盛り上がっているグループもあり、いやな予感がした夫は早い段階で1等に変更できないか車掌さんに聞いてみたのですが、あいにく満席で叶いませんでした。 ![]() ICE(Intercity-Express)の姿がありました まさにこういう列車をイメージしていたのでしたが・・f^^ ![]() ![]() (&窓の内側にかけられた飾りも!) そうこうするうちにケルンへ到着。 もう寝る準備を整えて待ち構えていると、部屋のガラス引き戸が開きました。 入ってきたのは、品の良さげな初老のおじさん。 内心ちょっとほっとする私と夫。 挨拶を交わした後、私はおじさんの真上の寝台だったこともあり、夫とおじさんとの会話に参加はせずに耳だけを傾けていました。 流暢な(と私が言うのもなんですが)英語を話すそのおじさん曰く、自分はリタイヤした医者で、デンマークにヨットをおいてあり、これから仲間とクルーズに行くという。 なるほど、そう聞かずとも見た目インテリ風でお金もありそう・・なのに、何故に2等? 私の勝手な想像ではおそらく、ハイシーズンにつき1等の予約が取れなかったとか・・ ともかく、ナイスな人でよかったです。 その彼に、私たち一家は翌朝早々フレンスブルクで降りることを告げ、すぐ降りられるよう荷物を大体まとめ、携帯のマナーモードで目覚ましもしかけ、あとは朝までぐっすり寝るだけ・・ とは問屋が卸しませんでした。 2等のせいか(しつこい?!)部屋の壁も薄く、隣室の音が丸聞こえだったのですが、若い男女のグループが、お酒も入って夜通し大騒ぎをしてくれまして。 寝るに寝られずベッドの上で、何度注意しに行こうか、あるいは車掌さんに訴えようかと思ったかしれませんが、あいにく実行に移す勇気は出ず、結局数時間後に別の部屋の誰かが直接文句を言いに行って静かになるまで、長く辛い夜を過ごしたのでした。 ともあれ、そんなこんなで翌朝になりました。 起きてトイレに行っている間に、次が私たちの降りる駅だと車掌さんが部屋まで知らせに来たそうで、部屋へ戻って身支度をしました。 ほどなくしてフレンスブルク駅に到着。 「昨日の晩はひどかったね」と話すおじさんに'Gute Reise!'と小声で別れを告げ、列車を降りました。 ![]() ![]() 早朝だけに人気のない、比較的長いコンコースを通って、駅の正面口へ出ました。 そこにはベンチがあり、夕飯を食べずに寝てしまった娘につきあって残りのパンなどを食べたり、キヨスクで買い物したりして時間をつぶしました。 ![]() ![]() 意味の想像つく(下ネタ系ではなさそうな)ものをいくつか選び、お菓子や雑誌などと一緒に買いました 日本でもお馴染みのHARIBOこんな包装のものもありました ハートのは数日後に訪ねたリューベックの有名なマジパンチョコレート 今回行ったどこの街(ドイツ国内の)でも見かけました キオスクのレジ(キャッシャー)に'Moin, moin(モイン、モイン)'と表示されていたので、思わず「ここでもそう言うんですか?」と尋ねてしまいました。 というのも、旅行前にハンブルクのあいさつと聞いていたからです。 どうやらハンブルクを含む北ドイツの広いエリアで、このあいさつは使われているようでした。 お手洗いに行こうと思ったら・・'Defekt' 「故障中」 でした。 ![]() レンガ造りで趣のある建物でした 7時を回り、ぼちぼちレンタカー屋が店を開ける頃だろうと、AVISに向かうことに。 夫曰く地図によれば歩けない距離ではなさそうとのことでしたが、荷物をゴロゴロしながらはきついだろうということで、タクシーに乗りました。 すぐ着くかと思いきや、これがなかなか着きません。 なんか運転手さん間違ってないか? 不安になりかけましたが、間違っていたのはこちらの地図の読み方の方だったようで、無事AVISまで送り届けられました。 (とても歩けるような距離ではありませんでした・・) ![]() ![]() ![]() 初ドイツにウキウキしたのも束の間、ここでもまた想定外の展開が我々を待ち受けていました。 夫が窓口の 予約は入っていないという。 そんなはずは・・と確認すると、なんと持ってきていたのは3月に当初旅行を予定していたときにとった予約の紙で、今回も紙があるので予約したものと思い込み、実はしていなかったのでした。 さぁ困った! お姉さんも硬い表情でなにやらパソコンに打ち込んでいます。 その姿を固唾を呑んで見守る私たち。 ふと、お姉さんの表情が和らいだと思うと、手配がうまく行き、無事1台借りられることになりました。 Thank Goodness! オネーサン、danke schön!! というわけで無事レンタカーをゲットして、いざ!フレンスブルクの中心部へゴー! 借りた車はルノーのClio。 車のことは詳しくありませんが、トヨタのヴィッツくらいの感じかな? 左ハンドルは当然として、なんとマニュアルシフト車でした。 特になんのことわりもなかったけれど、あちらではそれが普通なんでしょうか。 今回の旅でもよく見かけた、数年前まで私も運転していたうちの1台前の車、オペルのVITA(本国での名前はCORSA)を思い出し、なんだか妙に懐かしかったです。 (つづく) --- 独・蘭旅行記、これまでの記事はコチラ↓ その1~出国で脂汗・8/15/11 その2~初ロシア(の上空&玄関オンリー)・8/15/11 その3~ハーグ観光・8/16/11 その4~スケベニンゲン!・8/16/11
2011年 09月 20日
午前中から昼過ぎにかけて、ハーグの街で思いのほかまったりと過ごしてしまった私たち。
(後から思うにこの日は実質まだ旅の初日みたいなものだったので、時間配分とかの感覚がイマイチつかめていなかったんですね☆) 夕方にはアムステルダムに向かわなくてはならず、その前に昼食をとりがてら海辺のリゾート地へ行くことにしました。 その名も「スケベニンゲン」。 この地名を知ったのはかれこれ20年以上前のこと。 大学のゼミ仲間にオランダからの帰国子女がいて、曰く「私、スケベニンゲンってとこに住んでたんだヨ~」と。 Scheveningen---オランダ語の発音はちょっと違うようですが(英語読みなのかな?)、ともかくその時スケベニンゲンの地名はしっか!と私の脳に刻み込まれたのでした。 スケベ(orスヘフェ)ニンゲンへは、ハーグ駅前の公園脇の乗り場()から、トラム9番に乗って行きました。 ![]() なんとものどかな光景です ![]() 写真を撮っていたら向こうから反対方面行きのトラムが近づいてきましたトラムに乗るのはこの時が初めて。 チケットの買い方がわからず、とりあえず切符を持たないまま他の乗客たちに混ざって乗り込むことに。 中で様子をうかがっていると、乗り込むときにカードを機械にかざす人とそうでない人がいて、降りるときは特段なんのチェックもないように見えます。 ・・と、ほどなく車掌さんが検札にやってきたので、車内のパネルで乗り場を指差し、チケットはないけどここから乗ったと伝えると、その場で30分間有効のチケットを発行してくれました。 トラムのチケットにはいくつか種類があるようですが、何も持っていない場合は先頭の車両から乗って、車掌さんから買うことになっていたようです。 のどかなトラムに揺られること10分ちょい、それまで瀟洒な住宅地が続いていたのがやおら高いビルが姿を現し出したと思ったら、そこが目的地のスケベニンゲンでした。 終点まで行かず、その手前のKurhausというところで下車。 人の流れに従って海の方向へ。 ![]() お~~、このいかにもビーチリゾート然とした開放的な雰囲気! 観光地にやってきた度満開です。 ![]() クレムリンかっ?! ![]() ![]() それにしてもオランダ人(なのかどうかわかりませんが)は背が高い!(画像を縦方向に引き伸ばしたり・・なぁんてしてませんヨ☆) ![]() そして案の定ありましたよ、ここにもニシン(Haring)を売る店が。 大してお腹も減っていないし、レストランでゆっくりしている時間もないしで、お昼はこれでカンタンに済まそうってことに即決。 夫は屋台のおじさんが注文に応じて作っているニシンサンドをオーダー。 結構野趣溢れるお味でした・・☆ ![]() その場で内臓の処理をして、マリネ液の入ってる(と思われる)樽の中にドボン・・![]() 恐れをなした私と娘は、すぐ隣のお店で品定め。 娘は結局夫と同じニシン(Haring)のサンドを、私はKibbeling(こちらも名物らしい)とやらをいただいてみることにしました。 ![]() ![]() てっきりショーケースに並んでいるのを手渡されるものと思いきや、しばし待たされたのち、奥から揚げ立てのアッツアツが出てきました。 タラのような白身のお魚で、ホカホカ柔らかくおいしかったです。 ![]() レトロな色合いがツボでした♪ メニュー表に書かれた'PAS OP VOOR DE MEEUWEN'「カモメに注意」の意味でした (オランダ語の辞書は持っていなかったので帰宅後調べた) なるほど、鎌倉におけるトンビがここスケベニンゲンではカモメってことなんですね^^ そ知らぬすまし顔に見えますが、直前まで大クチバシを開けてギャーギャー騒いでいました昼食という一応の目的を果たし、知られた観光地の空気も吸ったところで、いよいよ退散のときが近づいて来ました。 再びトラムに乗ってハーグ駅に向かいます。 ![]() ![]() (帰りはすいていたので写真が撮りやすかったです) ![]() (写真がボケているのはトラムの窓ガラスが汚れていたせい☆) ![]() オレンジ色はオランダのシンボルカラーのようで(国旗の赤ももとはオレンジ色だったとか)、三色旗同様滞在中方々で目にしました。 ハーグに戻ってホテルに預けていた荷物をピックアップし、中央駅からアムステルダムに向かいます。 ![]() ![]() ![]() 自動券売機で切符を買って、アムステルダム行きの列車に乗り込みます ![]() (家人がばっちり写っていたので画像は載せませんが サービス窓口や自動券売機にもこの2色が使われていました) ![]() のどかな田園風景が続きます まるで北海道みたい~♪ (デンマークみたいとも言う?^^) ![]() ![]() ![]() (ちなみにデンマークやドイツの列車にもありました) ![]() こんなデザインの電車もあったよ、ということで^^; ![]() ![]() アムステルダム中央駅に到着です さぁ、ここからが今回の旅のひとつの山場。 City Night Line(CNL)という寝台列車に乗り換え、一晩かけてドイツまで移動します。 乗り継ぎ時間は約50分。 その間ダッシュで絵葉書を投函したり、駅構内のお店をチェックしたり。 ![]() ちまちま車中でのお楽しみ食材などを買い込み・・ いざ、ドイツへ! (つづく) --- 独・蘭旅行記、これまでの記事はコチラ↓ その1~出国で脂汗・8/15/11 その2~初ロシア(の上空&玄関オンリー)・8/15/11 その3~ハーグ観光・8/16/11
2011年 09月 18日
2011年 09月 02日
独&蘭旅行記・その1からの続きです。
(お断り:ムダに詳しくとても長いです☆) 成田空港にてどうにか無事にチェックイン&出国でき、ゲートまでやってきました。 アエロフロートと同じターミナルに、オランダのKLM機の姿が。いいな~、あれに乗ってみたかったーと記念撮影。 我々の飛行機はコチラ→です。胴体は白っぽく見えますが、マットなシルバーないし薄いグレー。 巷の評判から、私としてはできることなら避けたかったアエロ機。 その1で触れた件もあったし、搭乗口付近で何らかのトラブルに遭ったと思しき乗客が職員に付き添われて途方に暮れている様子も目に入ったりで、不安がなかったといえば嘘になりますが、結果的には殆ど何の問題もありませんでした。 ![]() 機内の印象はまずまず。 パッと見清潔そうだし、設備類も最新っぽい。 シートの材質や座り心地も悪くありません。 スッチー(っていまや死語?!)の強烈なコスチュームには一瞬度肝を抜かれたものの、ロシア語、英語に続いてアナウンスされるロシア人クルー(♂)の日本語が妙にかわいらしく、好感すら持てました。 成田を出発してしばらくの間、気流の影響か飛行が不安定で、なかなか機内サービスが始まりませんでした。 離陸後一時間以上してようやくベルト着用サインが消え、異様なまでに明るいオレンジ色をした、どこか懐かしささえ漂うサンダーバード風ウエアで身を固めた年配スッチーたちが、にこりともせず*客席をまわり始めました。 *後で聞いた話によると、それでも以前とは比較にならないほどマシになったらしい (以前は乗客を叱りつける風だったとか・・言われてみれば今回も思い当たる節がなきにしもあらずでしたが☆) ![]() ![]() オレンジとブルーはアエロフロートのイメージカラーらしいです 飲み物に続いて運ばれてきた機内食。 'Meat or fish?'と聞かれ、肉は何か聞けばビーフというので、まずはそちらにしてみました。 ![]() ![]() 夫はもともと機内食が苦手で、今回の旅でもほとんど手をつけないどころか、確か毎回断っていたように思いますが、私は案外大丈夫どころか結構楽しみだったりするので、今回も全ていただきました。 ところが、行きの最初のミールだけはちょっと・・ 恐らく揺れて胃がムカムカしていたせいもあろうかとは思いますが、どうも何もかも消毒液くさい気がして、それぞれ一口以上食べられませんでした。 (私としたことが・・☆) ![]() ![]() 一方、恐る恐る(失礼!)頼んだ2度目のミールは、問題なくいただけました。 やはり、自分の体調の問題だったのでしょう・・? また、飲み物については、行き帰りを通じて私が飲んだもの(ミネラルウォーター・ガスなし、りんごジュース、紅茶、コーヒー)はいずれもおいしかったです。 食事以外の時間は、機内誌に目を通したり、旅程を確認したり、外を見たり、寝たり、映画を見たり。 何気に一番よく見ていたのは、実はフライトインフォメーションだったかも。 スッチーが最初に回ってきた瞬間もこれを見ていて、「アラ?使い方わからないの?」みたいな表情&仕草をされましたが、「いや大丈夫っす。私コレが好きなもんで」って目で答えました。 ![]() ちょうど真ん中くらいまで来ました 日本はそろそろ日没を迎えようとしています 以前コペンハーゲンまでの直行便に乗ったときには、いつ見ても地図上の「ウランバートル」の文字が目に入り、永遠にデンマークへたどり着けないのではないかと思うほど長く感じたことでしたが、今回はその1,500km以上も(多分)手前のモスクワまでだったせいか、思っていたよりかは短い印象でした。 ![]() モスクワまであと222マイル(約357km) 夜中、目が覚めて喉が渇いたなぁと思っていたところへ配られたカップのバニラアイス(グリコの)は、とてもおいしくありがたかったです。 (次ページに続きます)
2011年 08月 31日
7月半ばに始まり、長いと思っていた子供の夏休みも、あっという間に今日が最終日。
同級生の殆どが行く塾の夏期講習も行かないし、旅行以外は大した予定もないし、時間はたっぷりあるだろうから、普段なかなかできない地元観光とか洋服縫うとかいったことをこの際あれこれ一緒にやろうと密かに思っていたのに・・ 結局何ら実行できないままこの日を迎えてしまいました。 ・・気を取り直して、先日の旅の記録をば。 内容ごとにまとめようかとも思ったのですが、ブログなんだし、時系列に上げていくのが一番早道かなぁと。 というわけで、今回は出国からトランジットのモスクワ国際空港までについてレポートしようと思います。 ・・のつもりでしたが、出国の話だけで長文になってしまったので(左下のMore以降)、今回は成田までとします☆(爆) --- More < 前のページ次のページ >
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